都市河川改修事業における環境影響評価の実践:法制度、主要項目、運用上の課題
都市河川改修における環境影響評価の意義と位置づけ
都市河川は、高度な都市機能の維持・向上、あるいは地域社会の安全性確保のために、治水、利水、環境といった多様な目的をもって整備・改修が進められてきました。特に、近年激甚化する水災害への対応として、河道の拡幅や堤防の強化、遊水地の整備といった改修事業は、都市の防災力向上に不可欠です。しかし、これらの改修事業は、河川そのものの構造、水象、生物生息環境、景観など、多岐にわたる環境要素に影響を及ぼす可能性があります。
このような背景から、大規模な河川改修事業においては、事業の実施が環境に与える影響を事前に予測・評価し、適切な保全措置や事後調査を実施することが求められます。これが環境影響評価(環境アセスメント)であり、事業計画の策定段階から環境への配慮を組み込むための重要な制度です。環境影響評価は、単に負の影響を回避するだけでなく、より良い環境を創出する「よりどころ」としても機能し得ます。
本稿では、都市河川改修事業における環境影響評価に焦点を当て、その法制度上の位置づけ、評価の主要項目と具体的な手法、そして実務における運用上の課題について、専門的な視点から概説いたします。
環境影響評価の法制度と手続き
都市河川改修事業に関する環境影響評価は、主に環境影響評価法に基づき実施されます。同法では、規模の大きな事業や環境負荷が大きいと想定される事業を「第一種事業」とし、必ず環境影響評価を実施することを義務付けています。また、第一種事業に準ずる事業のうち、環境影響が大きい可能性があるものを「第二種事業」とし、個別に判断(スクリーニング)の結果、評価を実施するかどうかを決定します。
河川事業においては、例えば堤防の高さが10メートル以上となる河川工事や、新たな放水路の建設などが第一種事業に該当することがあります。具体的な該当性は、事業規模や内容によって環境影響評価法施行令等で詳細に定められています。
環境影響評価の手続きは、一般的に以下の段階を経て進行します。
- 事業計画の概要の策定・公表・縦覧: 事業者は事業の計画概要を公表し、関係地域の住民や自治体の意見を聴取します。
- 方法書の作成・公表・縦覧: 事業者は、どのような項目について、どのような手法で環境影響評価を行うかを定めた方法書を作成し、公表・縦覧します。これに対し、関係地域の住民等や自治体は意見を提出できます。
- 準備書の作成・公表・縦覧: 方法書に基づいて調査・予測・評価を行い、その結果と環境保全措置の案をまとめた準備書を作成し、公表・縦覧します。意見提出期間が設けられ、事業者による説明会も開催されます。
- 評価書の作成・公表・縦覧: 準備書に寄せられた意見や、事業を許認可する大臣または知事からの意見(法第20条に基づく意見)を踏まえ、必要に応じて内容を修正した評価書を作成し、公表・縦覧します。評価書は最終的な評価結果と環境保全措置を記載したものです。
- 事業実施: 評価書の内容を踏まえて事業が実施されます。
- 事後調査: 事業の実施により環境の状況がどのように変化したかを把握するため、事後調査を実施します。事後調査の結果は、当初の予測や評価との照合、環境保全措置の効果判定、さらには将来の事業計画へのフィードバックに活用されます。
これらの手続きは、関係自治体との協議や国の機関との調整を含め、専門的な知見と多くの時間を要します。
評価の主要項目と具体的な手法
都市河川改修事業において、環境影響評価の対象となる主要な項目は多岐にわたります。代表的なものを以下に示し、それぞれの評価手法の概要に触れます。
- 水質: 工事中の濁り発生、改修後の流況変化に伴う水質(BOD, COD, SS, DOなど)への影響を評価します。予測手法としては、既存の水質データや流量データを用いた解析、あるいは水質予測シミュレーションモデルの適用などが行われます。
- 水生生物: 河川改修が魚類、底生動物、水生植物などの生息・生育環境に与える影響を評価します。具体的な手法には、改修前後の生物相調査(採集、目視観察)、生息場適性評価、重要種の保全対策立案などが含まれます。特に、希少種や固有種への影響は重点的に評価されます。
- 景観: 護岸構造の変化、河道内樹木の伐採、構造物の設置などが河川景観に与える影響を評価します。評価手法としては、CGやパースを用いた改修前後の景観比較、景観影響予測モデル、地域住民への意識調査などが行われます。
- 騒音・振動: 工事期間中の建設機械や工事車両の運行による騒音・振動の影響を予測・評価します。予測は、使用機械の種類や台数、作業時間、周辺の地形・建物条件などを考慮した計算モデルを用いて行われます。
- 大気質: 工事中の粉じん飛散、工事車両の排出ガスによる影響を評価します。予測は、交通量、気象条件、発生源情報などに基づき行われます。
- 地形・地質: 改修による河床変動、地盤安定性への影響などを評価します。
- 日照阻害・電波障害: 新設構造物による影響を評価します。
- 温室効果ガス: 工事や資材製造に伴うCO2排出量などを算定・評価します。
- 文化財: 遺跡や歴史的構造物への影響を評価し、必要に応じて保全措置や発掘調査を行います。
これらの項目について、現状の把握(調査)、将来の変化の予測、そしてその結果の評価、さらに環境保全措置の検討が行われます。評価手法は、対象となる環境要素や事業の特性に応じて、学術的な知見に基づいた最適なものが選択されます。
実務における運用上の課題と今後の展望
都市河川改修事業における環境影響評価は、制度として確立されている一方で、実務においてはいくつかの課題も存在します。
まず、予測の不確実性が挙げられます。特に生態系のような複雑なシステムに対する長期的な影響予測は、現在の科学的知見をもってしても限界があります。改修後に発生する具体的な環境変化を完全に予測することは困難であり、事後調査による検証とフィードバックが極めて重要となります。
次に、事後調査の評価と活用です。事後調査によって得られたデータが、当初の予測との乖離をどのように評価し、今後の河川管理や他の事業計画にどのように活かしていくかという体制や手法の確立が求められています。単なるデータ収集に終わらせず、知見として蓄積・共有することが重要です。
また、住民等からの意見への対応も重要な課題です。環境影響評価は、事業に対する住民等の意見を計画に反映させるための仕組みでもありますが、専門的な評価結果と住民の感覚や懸念との間に乖離が生じることがあります。科学的根拠に基づいた丁寧な説明と、地域特性を踏まえた合意形成に向けた対話が不可欠です。
さらに、手続きの複雑化・長期化も課題として認識されています。関係機関との協議や意見聴取のプロセスを経るため、評価全体に 상당한時間を要し、事業実施のタイムラインに影響を与えることがあります。デジタル技術の活用などによる手続きの効率化が期待されています。
これらの課題に対し、今後の展望としては、以下のような取り組みが考えられます。
- 評価技術の高度化: GIS、リモートセンシング技術による広域・多角的な現状把握、AIやビッグデータ解析による予測モデルの精度向上、生態系モデルの開発・活用などが期待されます。
- 手続きの効率化: 環境影響評価と他の許認可手続き(例:河川法に基づく許可申請)との連携強化、標準化された評価手法の普及、デジタルプラットフォームの活用などが考えられます。
- 計画早期からの環境配慮: 環境影響評価の視点を、事業化の判断よりもさらに前の、河川整備計画や都市計画の策定段階から組み込むことで、より持続可能な計画策定を目指します。
- ストック効果評価との連携: 整備された河川構造物による治水効果だけでなく、それに伴う環境改善効果や生態系の回復状況なども定量的に評価し、事業全体の意義を多角的に示す取り組みが進められる可能性があります。
まとめ
都市河川改修事業における環境影響評価は、社会基盤整備と環境保全という二律背反しがちな目的を調和させるための重要な制度です。法制度に則った適正な手続き、科学的知見に基づいた評価項目と手法の適用が求められます。
予測の不確実性、事後調査の活用、合意形成、手続きの効率化といった運用上の課題はありますが、これらは技術の進歩や制度の運用改善によって克服していくべきものです。環境影響評価を通じて得られる知見は、都市河川の持続可能な整備・管理に向けた貴重な財産となります。専門家としては、常に最新の技術動向や関連法規の改正を注視し、環境影響評価の質を高める努力を続けることが重要であると言えます。