リバーノート - 都市河川の今

都市河川流域における内水氾濫対策:河川・下水道連携の技術と運用課題

Tags: 都市河川, 内水氾濫, 河川管理, 下水道連携, 治水技術

はじめに

近年、地球温暖化に起因するとされる極端な気象現象の増加に伴い、都市部における内水氾濫のリスクが高まっています。都市の内水氾濫は、短時間強雨により都市排水システム(下水道など)の排水能力を超えた雨水が市街地に滞留することで発生します。この現象は、都市河川からの越水による外水氾濫とは区別されますが、実際の都市域における浸水被害は、しばしば内水氾濫と外水氾濫が複合的に作用して発生する特性を持っています。

都市河川流域、特に下水道幹線や雨水ポンプ場が都市河川に接続されているエリアにおいては、河川の水位上昇が下水道からの排水を阻害し、内水氾濫を助長する、あるいはその被害を拡大させる要因となり得ます。そのため、効果的な内水氾濫対策を実施するには、都市河川の管理と都市排水システムの管理を統合的かつ連携して行う視点が不可欠です。

本稿では、都市河川流域における内水氾濫の発生メカニズムと、河川管理と都市排水システム連携による対策の重要性について述べます。さらに、具体的な連携技術や運用上の課題、そして今後の展望について専門的な視点から考察します。

都市河川流域における内水氾濫のメカニズムと連携の必要性

都市化の進展は、地表面の不浸透域を増加させ、雨水が地面に浸透することなく短時間で排水システムや河川に流入する流出特性を変化させました。この結果、雨水管や下水幹線、さらには河川への負荷が増大し、特に集中豪雨時には排水能力を超過しやすくなります。

都市域における一般的な排水システムは、雨水を集め、ポンプアップや自然流下により河川や下水道終末処理場へ排出します。都市河川はこれらの排水システムの最終的な受け皿の一つです。しかし、都市河川の水位が上昇すると、排水口からの自然流下が困難になり、雨水ポンプ場での排水負荷が増加します。場合によっては、河川からの逆流防止のために排水口を閉鎖せざるを得なくなり、これが都市排水システム内に雨水を滞留させ、内水氾濫を直接的に引き起こす原因となります。

このように、都市河川の水位変動は都市排水システムの排水能力に大きな影響を与え、結果として内水氾濫の発生確率や被害規模を左右します。したがって、両システムを個別に管理するのではなく、相互の関係性を踏まえた連携管理を行うことが、都市河川流域における内水氾濫対策において極めて重要となります。

河川・下水道連携による内水氾濫対策技術

都市河川と都市排水システムの連携による内水氾濫対策には、構造物対策と非構造物対策の両面から様々な技術が考えられます。

1. ポンプ施設の連携運用

都市河川に接続する雨水ポンプ場や下水幹線からの排水ポンプ場の運転は、河川水位と密接に関係しています。効果的な連携運用のためには、両システムのリアルタイムの水位・流量情報、雨量情報、そして将来予測に基づいた協調制御が必要です。 例えば、河川水位が高い時間帯には下水道側の貯留能力(管渠や貯留施設)を最大限に活用し、河川水位が低下したタイミングで集中的に排水するといった運用が考えられます。高度な監視・制御システムを用いることで、各施設の状況を統合的に把握し、流域全体として最適なポンプ運転計画を立案・実行することが可能となります。

2. 調節池・遊水地の連携活用

都市河川流域に設置された調節池や遊水地は、洪水ピークカットだけでなく、内水排除能力の向上にも貢献し得ます。河川管理者と下水道管理者がこれらの施設を共通認識のもとで運用することで、河川の許容量を超える雨水を一時的に貯留し、下水道システムへの逆流リスクを低減させることが可能です。 既存施設の運用方法の見直しに加え、河川整備計画と下水道整備計画において、これらの施設の配置や容量、機能分担を連携させて検討することも重要です。多機能化を進め、平常時には親水空間やレクリエーション施設として活用することも、都市空間の質の向上に寄与します。

3. 浸透・貯留施設の組み合わせ

都市部における不浸透域の増加対策として、個別の建物や敷地、道路などに浸透施設(浸透トレンチ、浸透マスなど)や貯留施設(雨水タンクなど)を設置することが推奨されています。これらの分散型対策は、下水道システムや河川への雨水流出を抑制し、ピーク流量を低減させる効果が期待できます。 河川・下水道管理の視点からは、これらの分散型施設と、幹線レベルの貯留施設や河川での遊水機能を組み合わせることで、流域全体での雨水管理効果を最大化することが可能です。地域特性に応じた施設配置計画や、設置促進のための制度設計も連携して進める必要があります。

4. リアルタイム監視・予測システムの連携

内水氾濫発生時の迅速かつ適切な対応には、流域全体の雨量、河川水位、管渠水位、ポンプ運転状況などのリアルタイムデータの収集・共有が不可欠です。さらに、これらのデータと降雨予測を組み合わせた浸水予測システムの開発と活用により、危険区域を早期に特定し、住民への避難情報発令や水防活動を効果的に行うことができます。 河川管理者と下水道管理者が保有するデータを共有し、共通のプラットフォーム上で可視化・解析することで、より精度の高い予測と迅速な意思決定が可能となります。近年注目されているIoT技術やAIを活用した高度な予測モデルの導入も有効です。

河川・下水道連携における運用・管理上の課題

河川管理と都市排水システムの連携は重要である一方、実現にはいくつかの運用上・管理上の課題が存在します。

1. 組織間の連携と調整

河川管理は主に国土交通省や都道府県、市町村の河川部局が行い、都市排水システム(下水道)管理は主に市町村の下水道部局が行います。組織体系、所管法令(河川法、下水道法など)、事業会計などが異なるため、情報共有、意思決定、共同での事業実施において調整に時間と労力を要することがあります。日常的な情報交換や合同訓練、合同検討会の実施など、継続的なコミュニケーション体制の構築が不可欠です。

2. データ共有と標準化

前述の通り、リアルタイムデータ共有は連携対策の基盤となりますが、各組織が持つデータの形式、計測頻度、通信方式などが標準化されていない場合、システム間の相互運用性に課題が生じます。共通のデータプラットフォームの構築や、データフォーマット、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)の標準化に向けた取り組みが必要です。また、データの品質管理やサイバーセキュリティ対策も重要な課題となります。

3. 法制度・基準の整合性

河川法と下水道法では、施設の設置基準や管理に関する規定が異なります。例えば、連携施設の設置や改修を行う際に、いずれかの法令の基準にのみ適合させれば良いのか、両方の基準を考慮する必要があるのか、といった解釈や手続きに関する課題が生じ得ます。連携事業を円滑に進めるためには、関連法制度や技術基準の整合性を図る、あるいは連携事業に特化したガイドラインや運用マニュアルを策定することが有効です。

4. 財源の確保と費用対効果の評価

連携事業は、単独事業と比較して計画・設計・施工・維持管理において複雑化し、追加的なコストが発生する可能性があります。事業効果を最大化するためには、複数の組織にまたがる事業全体の費用対効果を適切に評価し、限られた財源を効率的に配分する仕組みが必要です。連携による治水効果や維持管理コストの削減効果などを定量的に評価する手法の開発・適用が求められます。

5. 住民理解と合意形成

内水氾濫対策は、流域全体の雨水管理の最適化を目指すものであるため、特定の地域だけでなく流域住民全体の理解と協力が不可欠です。特に、調節池の設置や土地利用規制の強化など、住民生活に影響を与える施策を実施する際には、丁寧な情報提供と合意形成プロセスが重要となります。河川管理者と下水道管理者が連携して、流域全体の治水安全度向上に向けた取り組みの意義を分かりやすく説明することが求められます。

成功事例と今後の展望

国内外では、河川と下水道の連携による内水氾濫対策の取り組みが進められています。例えば、一部の都市では、河川管理者と下水道管理者が共同で雨水ポンプ場の運用計画を策定したり、既存の河川施設(遊水地)を下水道施設(雨水貯留施設)としても活用するなどの事例が見られます。また、リアルタイム監視システムの統合や、共通の浸水シミュレーションモデルを用いた検討なども行われています。

今後は、気候変動の影響による降雨パターンの変化や、都市構造のさらなる変化を踏まえ、より強靭で適応力の高い雨水管理システムを構築していく必要があります。これには、以下のような取り組みが考えられます。

まとめ

都市河川流域における内水氾濫対策には、河川管理と都市排水システム管理の連携が不可欠です。都市化と気候変動により増大するリスクに対し、ポンプ施設の連携運用、調節池・遊水地の連携活用、浸透・貯留施設の組み合わせ、リアルタイム監視・予測システムの連携といった技術的アプローチに加え、組織間連携、データ共有、法制度の整合性、財源確保、住民理解といった運用上の課題を克服していくことが求められます。

専門家としては、自身の専門分野だけでなく、関連分野の知識や技術を理解し、多分野の関係者と連携して流域全体最適の視点を持つことが重要です。本稿が、都市河川流域における内水氾濫対策に関する議論や実務の一助となれば幸いです。