都市河川における多自然川づくりの実践:現状、課題、今後の展望
はじめに:都市河川における河川整備の転換
高度経済成長期以降、日本の都市河川は治水・利水機能の強化を主眼として、直線化、三面コンクリート化といった人工的な改変が大規模に進められてきました。これにより、洪水防御能力の向上や安定的な水利用が実現した一方で、河川が本来持っていた多様な生物の生息・生育空間は減少し、水辺の景観や親水性も著しく損なわれる結果となりました。
こうした状況を踏まえ、1990年代以降、河川整備においては治水・利水機能に加え、河川が持つ豊かな自然環境を保全・再生し、良好な景観を創出する「多自然川づくり」の考え方が重要視されるようになりました。本稿では、都市河川における多自然川づくりの基本的な考え方、歴史的背景、主な実践手法、現状の課題、そして今後の展望について、専門的な視点から解説いたします。
多自然川づくりの基本思想と歴史的背景
多自然川づくりは、単に自然を模倣するのではなく、「河川全体の自然の営みを保全または復元することにより、生物の生息・生育・繁殖環境を保全するとともに、人と自然との豊かな触れ合いを育む」ことを目指す思想です。これは、従来の河川改修が人間の都合に合わせた一方的な改変であったことへの反省から生まれました。
この考え方は、1990年の建設省(現国土交通省)による「多自然型川づくり」通達によって広く認知され、その後の河川法改正(1997年)や河川整備基本方針・整備計画策定プロセスの導入(河川法の目的として環境への配慮が明記された)と相まって、日本の河川行政における重要な柱の一つとなりました。その後、「多自然型川づくり」は「多自然川づくり」と名称が変更され、より生態系回復と親水性向上に重点が置かれるようになっています。
都市河川における多自然川づくりの主な実践手法
都市河川における多自然川づくりでは、その制約された空間の中で、多様な自然環境を創出し、生態系の回復と親水性の向上を図るための様々な工法や技術が用いられます。代表的な手法には以下のようなものがあります。
- 緩傾斜護岸・植生護岸: 垂直なコンクリート護岸に代わり、緩やかな傾斜を持つ護岸や、植物の生育を可能にする構造の護岸を設置することで、陸域と水域の連続性を確保し、多様な生物の生息環境を提供します。
- 魚道整備: ダムや堰など、魚類の遡上を妨げる構造物に魚道を設置し、河川の連続性を回復させることで、魚類や底生生物の移動を支援します。都市部では小型の堰が多く、それぞれの特性に合わせた魚道設計が必要です。
- 河床材料の多様化: 河床に礫、砂、泥などが混在する多様な環境を創出することで、多様な底生生物や魚類の産卵・生息場所を確保します。人工的な構造物で流速や水深を変化させる工夫も行われます。
- 淵・瀬・淀みの創出: 単調な流れを避け、流速や水深の変化に富む水域(淵、瀬、淀み)を意図的に創出することで、多様な水生生物にとって適した環境を提供します。
- 高水敷の緑地化・多様化: 平坦で植生が単純になりがちな高水敷を、多様な樹種や草本類で緑化し、散策路や休憩スペースを設けることで、生物多様性を高めるとともに、人々の水辺へのアクセスや利用を促進します。
- 河道内樹木の保全・活用: 適切な管理を行いながら、河道内の樹木を保全・活用することで、水辺の景観を向上させ、生物の隠れ家や営巣場所を提供します。
これらの手法は、単独ではなく、それぞれの河川の特性や目標に応じて組み合わせて適用されます。
都市河川における多自然川づくりの現状と課題
多自然川づくりは全国的に進められていますが、特に都市河川においては、特有の課題に直面しています。
- 空間的制約と治水機能の両立: 都市部では河川改修の余地が限られている場合が多く、十分な河川幅員や用地を確保することが困難です。このため、生物環境の創出や親水性の向上を図りつつ、同時に必要な治水機能を維持・向上させるための高度な計画・設計技術が求められます。
- 維持管理の困難さ: 多自然川づくりで創出された環境(植生、河床形状など)は、自然の遷移や出水の影響を受けやすく、その状態を維持するためには継続的かつ適切な維持管理が必要です。都市部では不法投棄や外来種の侵入なども課題となりやすく、維持管理コストや労力が従来の画一的な河川に比べて増大する傾向があります。
- 効果の評価とフィードバック: 多自然川づくりの効果(生物多様性の回復度合い、水質改善への寄与、利用者の満足度など)を定量的に評価し、その結果を次の整備計画や維持管理にフィードバックする体制が十分とは言えません。長期的なモニタリングが必要ですが、その体制構築やデータ分析に課題があります。
- 関係者間の合意形成: 都市河川は、治水、利水、環境、景観、地域利用など多様な機能が求められ、関係者(河川管理者、自治体、地域住民、NPO、専門家など)の利害や関心も多岐にわたります。多自然川づくりを進めるにあたっては、関係者間の丁寧な情報共有と合意形成プロセスが不可欠ですが、これには時間と労力を要します。
今後の展望
都市河川における多自然川づくりの今後は、これらの課題克服と、社会情勢の変化への対応が鍵となります。
- 技術開発と標準化: 限られた空間で最大の効果を発揮するための新たな工法や、維持管理の効率化・省力化に資する技術開発が期待されます。また、効果的なモニタリング手法や評価手法の標準化も重要です。
- 流域連携と総合的管理: 河川単体だけでなく、流域全体における土地利用、下水道整備、雨水管理などと連携した統合的なアプローチがより重要になります。多自然川づくりを流域全体の環境改善、防災、都市空間形成の中に位置づける視点が必要です。
- 気候変動への適応: 近年頻発する極端な気象現象を踏まえ、多自然川づくりにおいても、河川の回復力(レジリエンス)を高める視点や、生態系の適応能力を支援する視点を取り入れる必要性が高まっています。
- 市民参加と協働: 地域住民やNPOなど、多様な主体との協働による河川管理や環境学習の推進は、多自然川づきの維持管理の質の向上や、水辺空間への愛着・関心の醸成につながります。
まとめ
都市河川における多自然川づくりは、失われた自然環境や水辺空間を回復し、持続可能な都市の実現に貢献するための重要な取り組みです。これまで一定の成果を上げてきましたが、都市特有の厳しい制約の中で、治水機能との両立、維持管理の効率化、効果の適切な評価、そして多様な関係者との連携といった課題に引き続き向き合う必要があります。
今後の多自然川づくりは、技術的な深化に加え、流域全体の視点、気候変動への適応、そして市民参加を含めた社会的な合意形成プロセスを一層重視しながら進められていくことでしょう。これにより、都市河川が治水施設であると同時に、豊かな生態系を育み、人々に安らぎと学びの場を提供する、多機能で魅力的な空間へと進化していくことが期待されます。