都市河川における護岸構造と生物生息環境の調和:技術的アプローチと設計思想
はじめに:都市河川護岸の多機能化への要請
都市河川において、護岸は古くから治水対策の根幹をなす施設として整備されてきました。洪水から市街地を守り、河岸の侵食を防ぐという主要な機能に加え、都市化の進展とともに、河川区域と市街地を明確に区分し、都市インフラの一部としての役割も担ってきました。しかしながら、高度経済成長期以降に多く建設されたコンクリート三面張りなどの直線的な護岸は、治水機能に優れる一方で、河川が本来持っていた多様な自然環境を単純化し、生物の生息・生育環境を著しく劣化させたという課題が指摘されています。
近年、社会の環境意識の高まりとともに、都市河川においても治水・利水といった機能に加え、生物多様性の保全、良好な景観形成、親水空間の創出といった多機能化が求められるようになりました。これに伴い、護岸の設計においても、単に強度や耐久性だけでなく、生物の視点を取り入れた「生物生息環境との調和」が重要な要素となっています。本稿では、都市河川における護岸構造が生態系に与える影響を概観し、生物多様性保全に配慮した護岸の設計思想、具体的な技術的アプローチ、そして設計・施工・維持管理における留意点について論じます。
従来の護岸構造が生態系に与える影響
従来の都市河川護岸の主流であったコンクリートブロックや鋼矢板などによる垂直護岸や三面張り護岸は、主に以下の点で生物生息環境に悪影響を与えてきました。
- 単調な物理環境: コンクリートや鉄といった硬質な材料による均一な表面は、水際部の植生を排除し、多様な隠れ家や営巣場所を失わせます。また、水深や流速の均一化を招き、多様な水生生物の生息域を制限します。
- 水辺と陸域の分断: 垂直護岸は、水生生物や陸生生物が水辺と陸域を行き来するのを物理的に妨げます。これは、産卵や休息、捕食といった生物活動において重要な移動経路を断つことになります。
- 植生の単純化・喪失: 水際部に発達するヨシ原やヤナギ林といった河畔植生は、多くの生物にとって重要な生息場所であり、水質浄化や土壌安定の機能も持ちます。硬質な護岸はこれらの植生を根付かせにくくし、生物多様性の基盤となる一次生産を低下させます。
- 日照条件の変化: 高い垂直護岸は、河川に落ちる日差しを遮り、特に中小河川では水温や藻類、水草の生育に影響を与える可能性があります。
これらの影響により、多くの都市河川では魚類、底生生物、水生昆虫、鳥類など、かつて豊富に見られた生物種が減少し、生態系全体の機能が低下しました。
生物生息環境に配慮した護岸構造の設計思想
生物多様性保全を考慮した護岸設計の基本的な考え方は、「自然が本来持っている多様な構造と機能を可能な限り再現・維持する」という点にあります。これは、国土交通省が推進する「多自然川づくり」の思想とも共通します。具体的な設計思想としては、以下のような要素が挙げられます。
- 物理環境の多様性の創出: 水深、流速、底質、植生の種類など、多様な環境要素を河川内に意図的に配置します。これにより、異なる環境を好む多様な生物が生息できる空間を確保します。
- 水辺と陸域の連続性の回復: 緩やかな勾配を持つ護岸や、魚道、生物が移動しやすい構造物(例:階段状の護岸、植生帯)を設けることで、水辺と陸域の間の生物移動を容易にします。
- 多様な植生の導入と維持: 河畔植生は生物多様性の基盤です。地域の気候や土壌に適した在来種の植生を導入し、適切な維持管理によって定着・生育を促進します。水際部だけでなく、高水敷や河川敷全体での植生計画が重要です。
- 材料の選択と配置: コンクリートや鉄といった画一的な材料だけでなく、石、木材、土など、より自然に近い材料や、生物が定着しやすい構造(空隙のあるブロック、植生可能な構造)を選択・配置します。
- 隠れ家・避難場所の提供: 魚類や底生生物が休息したり、捕食者から隠れたりするための空間(例:石組みの隙間、樹木の根元、水深の深い場所)を設けることも重要です。
これらの思想に基づき、護岸は単なる構造物としてではなく、河川生態系の一部として機能するよう計画されます。
生物多様性保全に資する具体的な護岸工法と技術
生物生息環境に配慮した護岸構造を実現するための具体的な工法や技術は多岐にわたります。代表的なものをいくつかご紹介します。
- 石積み・石張り護岸: 自然石を積み上げたり張り付けたりする工法です。石の間に空隙ができるため、水生生物の隠れ家となりやすく、植生も定着しやすい特徴があります。景観面でも優れていますが、高度な技術とコストがかかる場合があります。
- コンクリートブロック・構造物の工夫: 既存のコンクリートブロック護岸を改良するアプローチです。例として、空隙を設けた魚巣ブロック、植生ポットや土砂を充填できる構造を持つブロック、表面に凹凸を付けて生物の付着を促す技術などがあります。これらの工夫により、単調なコンクリート面に多様な微細環境を創出します。
- 木材を用いた護岸工法: 木杭や間伐材などを利用した護岸です。護岸そのものだけでなく、水中に沈めた木材(沈床工など)は魚類の隠れ家や産卵場所として機能します。ただし、耐久性に課題があるため、適切な設計や他の材料との組み合わせが必要です。
- 緩傾斜護岸と植生工: 垂直護岸ではなく、より緩やかな勾配を持たせた護岸とし、水際部や法面に積極的に植生を導入する工法です。水辺と陸域の連続性が高まり、多様な植生帯の形成が期待できます。
- 人工浮島・浮遊構造物: 河川水位の変動が大きい都市河川において、水面の利用や日陰の提供を目的として設置されることがあります。鳥類の休息場所や魚類の隠れ家として機能する場合もあります。
これらの工法は、現地の地形、地質、水象条件、目標とする生態系、利用可能な材料、コストなどを総合的に考慮して選択・組み合わせることが重要です。
設計・施工・維持管理における留意点
生物生息環境に配慮した護岸整備を成功させるためには、設計段階から維持管理に至るまで、以下の点に留意する必要があります。
- 事前の環境調査と目標設定: 対象河川の現状の生物相、水質、流量などの環境情報を詳細に調査します。その上で、どのような生態系を回復・保全したいのか、具体的な目標種や目標環境像を設定することが、適切な工法選択と評価の基礎となります。
- 水理特性への配慮: 生物にとって適切な水深や流速の多様性を確保する設計が重要です。また、護岸構造の変更が上流・下流の水位や流速に与える影響を十分に検討し、治水安全度を損なわないようにする必要があります。
- 施工方法の工夫: 建設工事は周辺環境に一時的に大きな影響を与える可能性があります。濁水拡散防止対策、騒音・振動対策、工事期間中の生物への配慮など、環境負荷を最小限に抑える施工計画と実施が求められます。植生の定着を促すために、適切な時期に施工することも重要です。
- 維持管理計画の重要性: 生物多様性配慮型護岸は、完成後も適切な維持管理が必要です。植生が計画通りに定着・生育しているか、外来植物が繁茂していないか、構造物の機能が維持されているかなどを定期的にモニタリングし、必要に応じて手入れを行います。例えば、過度な繁茂は他の生物の生息を妨げる場合があるため、適切な剪定や間引きが必要となることがあります。
- モニタリングと効果評価: 整備後の生態系の変化を継続的にモニタリングし、設計意図通りに効果が出ているか、予期せぬ影響が出ていないかを評価します。この評価結果を今後の護岸整備にフィードバックすることが、技術の向上につながります。
まとめ:生物多様性と共存する都市河川護岸の未来
都市河川における護岸は、単なる構造物から、治水機能と生物生息環境保全機能を兼ね備えた多機能なインフラへと進化しつつあります。コンクリート護岸から脱却し、多様な材料や構造を取り入れ、水辺と陸域の連続性を回復し、豊かな植生を導入する取り組みは、都市河川の生態系機能回復に貢献し、景観の向上や親水空間の創出にも寄与します。
今後の都市河川護岸の整備においては、治水安全度を確保しつつ、対象河川の特性や地域のニーズを踏まえ、最も効果的な生物多様性保全手法を選択していく必要があります。技術開発、生態学的な知見の蓄積、そして設計・施工・維持管理の各段階における丁寧な取り組みを通じて、生物と都市が共存できる持続可能な都市河川環境の実現を目指していくことが重要です。