都市河川空間の適正利用を促進する規制緩和の現状と展望
はじめに
都市河川は、治水、利水という伝統的な機能に加え、近年では都市における貴重なオープンスペースとして、環境、景観、レクリエーション、地域交流の場としての多機能化が強く求められています。高度経済成長期以降、治水安全度の向上を主眼とした河川整備が進められてきましたが、一方で、河川空間の利用には河川法に基づく様々な規制が伴います。これらの規制は、河川の本来の機能維持や公共の安全確保のために不可欠である一方、都市における新たなニーズや活動との間で乖離が生じるケースも見受けられるようになりました。
このような状況を踏まえ、国は近年、都市河川空間の適正な利用を促進し、多様な主体による活用を可能とするための法制度の見直しや政策誘導を進めています。本稿では、都市河川空間の利用に関する現行法規制の概要を確認した上で、近年進められている規制緩和の政策動向、具体的な制度、実務上の課題、そして今後の展望について専門家の視点から解説いたします。
都市河川空間利用に関する現行法規制の概要
都市河川における空間利用は、主に河川法によって規律されています。河川法は、河川の公共性、治水、利水を目的としており、河川区域、河川保全区域、河川立体区域といった概念を定めて、これらの区域内での行為に制限を設けています。
- 河川区域: 河川の流れる部分だけでなく、堤防、護岸、河川管理施設等を含む広範な区域です。原則として、河川区域内の土地の占有、竹木の栽植、工作物の新築・改築等は、河川管理者の許可(河川法第23条、第24条、第26条等)が必要となります。許可にあたっては、河川の管理に支障を及ぼさないことが要件となります。
- 河川保全区域: 河川区域に隣接する一定の区域で、河川管理施設等の保全や河川管理に支障をきたすおそれのある行為(地下工作物の設置、土地の掘削等)を制限するための区域です(河川法第55条)。
- 河川立体区域: 河川区域の上空または地下の空間を都市計画区域内の河川について指定するもので、河川管理に支障を生じさせることなく、建築物等の新築・改築等を許可できる制度です(河川法第55条)。これは都市における土地の高度利用ニーズに応えるために設けられた制度です。
これらの規制は、都市河川の安全性を確保し、良好な状態を維持するために重要な役割を果たしています。しかし、都市機能の多様化や地域活性化への期待が高まる中で、従来の治水・利水中心の規制体系が、新たな利活用を阻む要因となる側面も指摘されてきました。
規制緩和に向けた政策動向と具体的な制度
こうした状況を踏まえ、国は「河川空間のオープン化」や「民間活力を活かした河川空間の利活用促進」といった方針を打ち出し、法制度の改正や関連制度の創設を進めています。主な政策動向と具体的な制度としては、以下のようなものが挙げられます。
- 河川空間の多様な利用を促進するための河川法改正: 2011年および2018年の河川法改正等により、都市・地域再生等に資する特例制度が創設・拡充されました。特に、河川敷地占用許可準則の一部改正では、オープンカフェやイベント施設など、これまで許可が困難であった施設の設置基準が緩和され、利用目的の幅が広がりました。
- 都市・地域再生等利用区域(河川法第55条に基づく立体区域・占用特例): 都市計画区域内の河川について、都市・地域の再生に資するとして国が指定した区域内では、河川区域の上空や地下だけでなく、河川敷地についても、一定の要件下で民間事業者等による建築物の設置や占用が許可されやすくなる特例制度です。これにより、河川と一体となった商業施設や公共空間の整備が可能となります。
- 「かわまちづくり」支援制度: 国土交通省が進める「かわまちづくり」は、河川空間とまちづくりを連携させ、地域活性化を目指す取り組みです。この中で、河川空間の利活用に必要な手続きや事業計画の策定が支援され、制度の活用が図られています。
- 社会実験や期間限定の占用許可: 恒久的な施設設置にとどまらず、社会実験やイベント等による期間限定の占用許可を柔軟に運用することで、河川空間の潜在的な可能性を探る取り組みも進められています。
これらの制度改正や取り組みにより、都市河川空間は単なる治水施設から、都市の魅力向上に貢献する多様な空間へとその位置づけが変化しつつあります。
規制緩和に伴う実務上の課題
規制緩和は都市河川空間の新たな利活用を促進する一方で、実務においては様々な課題が伴います。
- 治水・利水機能との両立: 新たな施設設置や利用形態が、本来の河川の機能(特に治水安全度)を損なわないよう、詳細な技術的検討(洪水解析、構造計算等)が不可欠です。特に立体区域の利用や河川区域内の建築物の設置は、流下能力への影響、避難確保計画等が重要になります。
- 安全性の確保: 利用者が安全に河川空間を利用できるよう、高水時の避難誘導計画、施設の耐水性・構造安全性、日常的な維持管理体制の構築が求められます。
- 環境・景観への配慮: 開発や利活用が進む中で、河川の生態系や自然環境、周辺の景観との調和を図ることが重要です。環境影響評価や景観アセスメントの適切な実施が求められます。
- 関係者間の調整と合意形成: 河川管理者だけでなく、都市計画部局、水利使用者、地域住民、NPO等、多様な関係者の意見調整と合意形成が不可活用を進める上で非常に重要です。
- 維持管理責任の明確化: 占用許可を受けた施設や区域の維持管理責任を誰がどのように担うのかを明確にし、適切な管理が継続される仕組みを構築する必要があります。
これらの課題に対し、計画・設計段階からの多角的な視点、高度な技術的検討能力、そして円滑なコミュニケーション能力が専門家には求められます。
今後の展望
都市河川空間の適正利用と規制緩和は、今後もさらに進展していくと予測されます。特に、デジタル技術の活用による高度なシミュレーション(洪水予測、環境影響予測)や、センサーデータを活用したリアルタイムの河川状況把握は、安全性を確保しつつ多様な利用を可能にするための基盤となり得ます。また、官民連携や地域主体での管理・活用を一層推進するための制度設計や、財政的な支援策の拡充も期待されます。
専門家としては、単に既存の規制を理解するだけでなく、規制緩和の趣旨や背景、最新の制度動向を深く理解し、技術的な知見と組み合わせて、都市河川の持つポテンシャルを最大限に引き出すための提案を行うことが求められます。治水、環境、景観、利用といった多角的な視点から最適なソリューションをデザインし、実務上の課題を克服するための具体的なアプローチを提示することが、今後の都市河川管理・活用において重要となるでしょう。都市河川空間が、安全・安心を大前提としつつ、都市の活力と魅力向上に一層貢献する未来に向けて、専門家の役割はますます大きくなっています。