都市河川における地下構造物と河川流況・河床変動への影響:技術的課題と評価手法
はじめに:都市河川と地下空間利用の高度化
近年、都市部における土地利用の飽和に伴い、地下空間の利用が進んでいます。交通インフラとしての地下鉄や地下道路、ライフラインとしての共同溝やトンネル、建築物の地下部分など、多岐にわたる地下構造物が構築されています。都市河川においても、これらの地下構造物が河川を横断したり、河川の至近に建設されたりするケースが増加しています。
都市河川は、治水、利水、環境、景観など多面的な機能を有しており、その管理には高度な専門性が求められます。地下構造物の建設は、河川の構造や機能に直接的・間接的な影響を及ぼす可能性があり、特に河川の流況(流れの状態)や河床変動(河床の高さや形状の変化)に対する影響は、設計・施工・維持管理の各段階で重要な検討課題となります。本稿では、都市河川における地下構造物が河川環境に与える影響、その評価手法、および技術的な課題について考察します。
地下構造物が河川に与える影響のメカニズム
都市河川における地下構造物には、主に以下のような種類が挙げられます。
- 橋梁基礎(橋脚、橋台): 河川内に構築される橋脚や、河岸に設置される橋台の基礎構造は、河川断面を狭窄させたり、流れに対する抵抗となったりします。これにより、構造物の周囲で流速が変化し、乱流が発生しやすくなります。特に橋脚周辺では、流れの剥離に伴う渦の発生により、河床材料が巻き上げられ、洗掘が発生するリスクが高まります。
- トンネル(シールド工法、開削工法など): 河川を横断するトンネルは、シールド工法であれば河床下深くに、開削工法であれば比較的浅い位置に構築されます。シールド工法の場合、直接的な流況・河床への影響は小さいことが多いですが、工事に伴う地下水揚水などが河川水位や周辺地盤に影響を与える可能性があります。開削工法では、仮締切や掘削が河川流路を変更したり、工事期間中の河床形状を変化させたりする場合があります。また、トンネル本体や付属構造物(立坑など)が河川敷や河岸に設置される場合、河川区域内の土地利用や構造に影響を及ぼします。
- パイプライン、ケーソンなど: 上下水道管、電力ケーブル、ガス管などのパイプラインが河川を横断する場合、河床下や堤体内に埋設されることが一般的です。設置深度が浅い場合や、河床下に露出するリスクがある場合、河床変動(洗掘・堆積)や洪水時の流下能力に影響を与える可能性があります。また、大口径のケーソン構造なども同様に流れに影響を及ぼすことがあります。
これらの地下構造物が河川に与える影響は、以下のような物理的変化として現れることがあります。
- 流速分布の変化: 構造物の存在により、河川断面における流速の分布が不均一になります。構造物の周囲や下流側では流速が増加・減少したり、複雑な流れ場(乱流、二次流)が発生したりします。
- 水位の変化: 構造物による流れの抵抗増加や断面の縮小により、構造物の上流側で水位が上昇する背水現象を引き起こすことがあります。これは洪水時の浸水リスクに影響します。
- 河床変動: 構造物周辺での流速変化や乱流は、河床材料の掃流力(流れが河床材料を動かす力)を変化させ、洗掘(河床が削られる現象)や堆積(河床に土砂が積もる現象)を引き起こします。特に洗掘は構造物の基礎を不安定化させる危険性があります。
- 土砂輸送の変化: 河床変動は、河川全体の土砂輸送系に影響を与える可能性があります。特定の場所での洗掘や堆積は、上流や下流の河床形状にも影響を波及させることがあります。
影響評価の手法
地下構造物が都市河川に与える影響を評価するためには、様々な技術的手法が用いられます。
- 水理模型実験(物理模型実験): 実際の河川構造物や流路を一定の縮尺で再現した模型を用いて、様々な流量条件における流速分布、水位、河床変動などを観察・測定する手法です。構造物の形状や配置の影響を視覚的に捉えやすく、複雑な三次元的な流れや河床変動現象の把握に有効です。ただし、模型縮尺に伴う物理法則の制限や、実験施設の規模、コストといった制約があります。
- 数値シミュレーション(水理解析・河床変動解析): コンピュータを用いて、河川の流体力学的な挙動や土砂輸送・河床変動を計算する手法です。一次元、二次元、三次元の水理解析モデルがあり、構造物の形状や河床勾配、河床材料の特性などを入力条件として、流速、水位、掃流力、洗掘・堆積深などを予測します。特に三次元モデルは、複雑な流れや構造物周辺の局所洗掘を高精度に再現するのに適しています。様々な設計案や流量条件に対して比較的容易に計算が可能ですが、モデルの適切性や入力パラメータの精度が結果に大きく影響します。
- 現地調査・モニタリング: 既存の河川や類似構造物における実際の状況を調査する手法です。地形測量、河床材料調査、流速測定、画像解析などにより、構造物設置前後の変化や経時的な変化を把握します。これにより、設計段階での予測の検証や、供用後の維持管理における変化の早期発見に役立ちます。継続的なモニタリングは、長期的な影響評価や対策効果の検証に不可欠です。
これらの評価手法は、単独で使用されることもありますが、複数の手法を組み合わせて用いることで、より信頼性の高い評価が可能となります。例えば、水理模型実験で得られた知見を数値解析モデルの構築や検証に活用したり、現地モニタリングデータを用いて数値解析モデルの精度を向上させたりします。
設計上の考慮事項と対策工
影響評価の結果を踏まえ、地下構造物の設計においては、河川環境への影響を最小限に抑えるための配慮が求められます。
- 構造物の配置・形状: 河川流路への影響を避けるため、可能な限り河川区域外や河床下深くに構造物を配置することが基本です。河川内にやむを得ず設置する場合(例:橋脚)は、流れを阻害しにくい形状(例:流線形)を採用したり、河川断面の確保に配慮したりします。
- 洗掘対策工: 橋脚周辺など、洗掘が予測される箇所には、洗掘から基礎を保護するための対策工を施します。代表的なものに、玉石やブロックなどを構造物周囲に敷設する根固工、河床全体を保護する護床工、洗掘深を抑制するための水制工やガイド水路の設置などがあります。これらの対策工は、河川の状況や予測される洗掘の規模に応じて、適切な種類と規模を選定します。
- 施工方法の検討: 工事期間中の河川への影響を最小限にする施工計画が重要です。特に開削工法などで仮締切を設ける場合は、仮設構造物が流下能力に与える影響や、濁水発生の防止策などを十分に検討します。
- 既設構造物への影響: 新たな地下構造物の建設が、既存の河川管理施設(堤防、護岸、既設橋梁など)や他の地下構造物(近接するトンネル、地下ライフラインなど)に与える影響についても評価し、必要に応じて対策を講じる必要があります。
法規制とガイドライン
都市河川における地下構造物の建設に関連する法規制や技術基準は複数存在します。主要なものとしては、河川法に基づき、河川区域内での工作物の新築や改築、土地の掘削などには河川管理者の許可が必要です。河川管理施設等構造令や河川砂防技術基準には、橋梁などの河川構造物の設計に関する一般的な規定や、洪水時の流下能力確保、洗掘対策に関する考え方が示されています。また、大規模な事業においては、環境影響評価法に基づき、河川環境への影響評価が義務付けられる場合があります。これらの法規制やガイドラインを遵守し、河川管理者との十分な協議を行うことが事業実施の前提となります。
課題と今後の展望
都市河川における地下構造物と河川環境に関する技術的課題は多岐にわたります。高精度な数値解析モデルの開発や、複雑な河床変動現象の予測精度の向上が引き続き求められています。また、気候変動による洪水頻度や規模の変化を踏まえ、より厳しい水理条件に対する構造物や河川の影響評価が必要です。
維持管理の観点からは、地下構造物設置後の河床変動や構造物自体の健全性を長期的にモニタリングすることの重要性が増しています。ICTやAI技術を活用した効率的かつ高精度なモニタリング手法の開発や導入が今後の展望として挙げられます。
まとめ
都市河川における地下構造物の建設は、都市機能の維持・向上に不可欠な要素ですが、同時に河川の流況や河床変動に影響を与える可能性があることを理解しておく必要があります。これらの影響を適切に評価するためには、水理模型実験、数値シミュレーション、現地調査といった技術的手法を適切に組み合わせることが重要です。また、影響を最小限に抑えるための設計上の配慮や対策工の実施、そして関連法規制・ガイドラインの遵守が求められます。
都市河川の持続可能な管理を実現するためには、地下空間利用のニーズと河川環境保全のバランスを考慮した、総合的な視点からの計画・設計・維持管理が不可欠です。地下構造物が河川に与える影響に関する知見の蓄積と技術の進展は、今後の都市インフラ整備において益々その重要性を増していくと考えられます。